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東京高等裁判所 昭和63年(ネ)3509号 判決

控訴人 小泉進吾 ほか二一名

被控訴人 国

代理人 波床昌則 柳本俊三 ほか三名

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

当審における控訴人らの予備的請求について、本件訴えを却下する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、

「1 原判決を取り消す。

2 (主位的請求)

各控訴人と被控訴人との間において、各控訴人が各控訴人に対応する原判決別紙物件目録記載の土地について、控訴人太田健一郎、同石田初枝、及び同成川五郎においてはそれぞれ昭和五九年四月八日から、その余の各控訴人においてはそれぞれ同年一月五日から、いずれも期間二〇年の借地権を有することを確認する。

3 (予備的請求)

被控訴人は各控訴人に対し、それぞれ別紙「請求金額一覧表」の請求金額欄記載の金員及びこれに対する平成元年五月二四日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

4 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」

との判決を求め(なお、予備的請求は当審において追加したものである)、

被控訴代理人は、本件控訴に対し控訴棄却の判決、控訴人らの予備的請求に対し、主位的に、訴え却下の判決、予備的に、請求棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の主張は、次に付加する外、原判決の事実摘示中控訴人らに関する部分と同一であるから、ここにこれを引用する。

(控訴人ら代理人の陳述)

一  控訴人らの予備的請求原因

1  憲法二九条三項は、私有財産は正当な補償の下にこれを公共のために用いることができると定めている。そして、憲法の右条項は、公共のために用いる目的で適法行為により私有財産に制限を加えた場合に、当該私人に対しその生じた損失を補償することを定めた規定でもあり、その損失補償につき実定法に具体的補償規定を欠く場合であつても、直接憲法二九条三項に基づいて、国に対し損失補償を求めることができるのである。

2  ところで、本件において被控訴人は本件各土地を公共のために用いることを理由にして、控訴人らの借地申出を拒絶していることは、明らかである。即ち、被控訴人は本件各土地の利用計画として、住宅以外の用途、例えば、公園、緑地、学校、下水処理施設等を挙げ、残りの部分も公務員宿舎、公団住宅等の共同住宅に利用されるとしているのである。そうすると、被控訴人は、公共のために用いる必要が生じたことを、控訴人らの土地賃借権の設定ないし継続の拒絶理由にしていることになるから、憲法二九条三項に基づき損失補償をなすべきである。

3  また、国有財産法二四条一項は、普通財産を貸付けた場合において、その貸付期間中に、公共用、公用または国の企業等のために必要が生じたときは、契約を解除することができると定め、同条二項は、この場合、借受人はこれによつて生じた損害につき補償を求めることができると定めている。そして、被控訴人が、接収不動産法三条四項所定の正当事由により控訴人らの借地申出を拒絶することは、賃借期間中の解除と同視すべきであるから、被控訴人は国有財産法二四条の適用または準用によつても、損失補償をすべきである。

4  本件土地は、被控訴人が控訴人らに拒絶通知した昭和五九年初頃、三・三平方メートル当たり金一〇〇万円を下回らなかつたところ、借地権価格がその六〇パーセント以上であることは公知の事実であるから、その借地権価格は、三・三平方メートル当たり金六〇万円を下回らなかつたものである。

5  そこで、控訴人らは、一部請求として、予備的に別紙請求金額一覧表記載の金員の請求をする。

二  被控訴人の本案前の主張に対する控訴人らの反論

本件主位的請求である借地権確認の請求と予備的請求である損失補償請求とは、同一の社会的事実から発生しているうえ、その権利の存否を決するための証拠方法が共通している場合、その訴訟の性質、進行状況に照らし、被控訴人に応訴上の不利益がない場合、それに併合ができないとすると、請求者側に多大の時間的、経済的損失が発生する場合には、右両請求の併合は、適法として認められるべきである。

本件損失補償請求が公法上の請求権に属し、その請求が実質的に行訴法上の当事者訴訟に当たるとしても、本件借地権確認訴訟と密接に関連しているから、このような場合には、行訴法一六条一項の規定は、当初係属していた行政訴訟に民事訴訟を併合する場合のみならず、当初係属していた民事訴訟に実質的当事者訴訟である行政訴訟を併合する場合にも準用されるものというべきである。

(被控訴代理人の陳述)

一  控訴人の予備的請求に対する本案前の主張

控訴人らは、当初接収不動産法三条に基づき賃借権の確認を求めていたところ、当審において、憲法二九条三項及び国有財産法二四条二項の各規定に基づき、損失補償として金員の請求を予備的に求めるに至つた。

しかしながら、損失補償請求権は、本来適法な公権力の行使により特定人に通常受忍すべき限度を超える財産上の犠牲を生ぜしめた場合に、その犠牲の公共性に照らし、社会構成員がその犠牲を平等に負担すべきであるという理念に基づき認められるものであつて、私人間においては、このような関係を規律する一般原則的な私法規定は存しないのであるから、損失補償の要件が、憲法二九条三項を直接の根拠として補償請求する場合であれ、また、国有財産法等の法律で具体的に規定されている場合であれ、その根拠法規は私法に属するものとはいえず、本件損失補償請求は公法上の請求であるといわざるをえない。したがつて、本件損失補償請求は行訴法四条後段にいう当事者訴訟であるというべきところ、控訴人らの主位的請求は私法上の請求として民事訴訟に属するものであるから、右主位的請求に行政訴訟に属する本件予備的請求を追加的に併合することは、同種手続内での訴えの併合または弁論の併合を規定した民訴法に基づいては許されず、また、行訴法上いわゆる関連請求と実質的当事者訴訟とを併合することも許されないと解せられるので、結局本件予備的請求は、主位的請求との併合要件を欠くから、不適法としてこれを却下すべきである。

二  控訴人の予備的請求原因に対する被控訴人の答弁

争う。

接収不動産法三条四項所定の正当事由は、存続期間の満了により既に消滅した借地権の旧権利者に新たな借地権の設定を認めるべきか否かを判断するに当たつて用いられる概念であり、現に貸付期間中にその契約を解除した場合に損失補償を求めることができる旨を規定する国有財産法二四条二項とはその適用場面を異にする。

したがつて、被控訴人が公共の用に供することのみをもつて借地権の設定を拒絶したとして、憲法二九条三項または国有財産法二四条二項に基づき、損失補償の請求ができるとする控訴人らの主張は、失当である。

(証拠関係) <略>

理由

一  当裁判所も控訴人らの被控訴人に対する主位的請求は、失当としてこれを棄却すべきものと判断する。その理由は、次に訂正・付加する外、原判決の理由説示中控訴人らに関する部分と同一であるから、ここにこれを引用する。

1ないし3 <略>

二  次に、控訴人らの予備的請求について、検討をする。

被控訴人は、控訴人らの予備的請求は主位的請求との間の併合要件を欠く不適法な訴えである旨主張するので、まずこの点について判断をする。

控訴人らは、当審において予備的請求として損失補償請求を追加するに当たり、その法的根拠として、憲法二九条三項及び国有財産法二四条二項を挙げているが、右のいずれの法条を根拠にするにせよ、損失補償請求権は、要するに、本来公共目的のためになされる適法な公権力の行使によつて、特定人に対し通常受忍すべき限度を超える財産上の犠牲を強いる結果となる場合に、その公共性に照らし、社会構成員の平等な負担の下に、当該特定人の右財産上の犠牲を補填するために認められた請求権であつて、公権力の主体との間においてのみ生じ、公法的規律を必要とする、公法上の請求権であるというべきである。それ故、損失補償請求権を訴訟物とする訴訟は、通常の民事訴訟ではなく、行訴法四条後段にいう実質的当事者訴訟ということになる。しかるところ、控訴人らの主位的請求である、接収不動産法三条に基づく借地権確認の請求は、相手方たる被控訴人が、行政主体である国であつても、私法上の規律に従つた土地所有権者として、訴訟の当事者となつているに過ぎない、通常の民事訴訟であるから、行政訴訟である予備的請求とは、その訴訟手続を異にするといわなければならない。したがつて、同種の訴訟手続間についての訴えの変更に関する民訴法二三二条は、本件の場合に適用がない。

次に、行訴法四一条二項は同法一六条及び一九条を準用しているが、行訴法一六条一項の規定は、原告が当初から取消訴訟に、同一の被告に対する関連請求に係る訴えを併合して提起する場合に関する規定であつて、原告による訴えの追加的併合の場合に関する規定ではないし、また、行訴法一九条一項の規定は、まず取消訴訟が係属している場合に、それとの関連請求に係る訴えを追加して併合しうる旨を明らかにしたにとどまり、これとは逆に、民事訴訟が係属している場合に、行政訴訟を追加して併合することを認めた規定ではない。そして、後者のような場合にまで、行訴法一六条一項または一九条一項を類推適用することは相当でないというべきである。

そうすると、控訴人らの予備的請求は併合要件を欠く不満法な訴えであるといわなければならない。

なお、控訴人らは、併合要件が充たされているとして、本件予備的請求を主位的請求に併合して審理裁判されることを強く主張していて、右主張が認められない場合に、本件予備的請求を新訴として取り扱い、管轄第一審裁判所に移送することまで求めているとは解されないので、本件予備的請求を管轄第一審裁判所に移送するのは相当でない。

三  以上の次第で、控訴人らの主位的請求を理由がないとして棄却した原判決は相当であるから、控訴人らの本件控訴をいずれも失当として棄却し、当審における控訴人らの予備的請求についての本件訴えを、いずれも不適法として却下することとし、控訴費用の負担について民訴法九五条本文、九三条一項本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 枇杷田泰助 喜多村治雄 松津節子)

別紙 当事者目録<略>

別紙 請求金額一覧表<略>

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